彼岸花(ヒガンバナ)  仲間,種子,有毒,ハミズハナミズ!
ヒガンバナ 「彼岸花」とは実に的を射た命名かと。熊本での花の盛りも彼岸の中日にあたる9月23日前後。秋空の下,赤く燃えるようなヒガンバナは実に印象的。
 別名(方言)も多く,「マンジュシャゲ」,「ハミズハナミズ」,「カエンソウ」,「ユウレイバナ」,「シビトバナ」,「ハカバナ」,「カジバナ」,「キツネバナ」,「ステゴグサ」,「シタマガリ」,「テクサリバナ」,「ハヌケグサ」,「ヤクビョウバナ」・・・どちらかと言えばマイナスイメージの名前が多いのが気になる。全国では1000以上の方言名(別名)。様々な地方名を眺めるだけでも面白そう。人々の彼岸花との関わりや思い入れが感じられる。
 ヒガンバナの呼び名(別名,方言)が多いと言うことは,単に赤い花が目立つだけじゃなく,昔から人々の生活と関わり深い花だったという証か。しかし有毒で,墓場に多く,ユウレイバナとかシビトバナなど,不吉な名前が多いのは,人々に好まれる花ではない証しでも。万葉集をはじめとする古典文学にほとんど登場しない。毒々しい強烈な赤い花が日本人の感覚にあわなかったのか。当時まだ渡来してなかったのか,それとも一般に普及してなかったのか。俳句などに登場し始めるのは江戸時代,本格的には明治以降。登場する呼び名は「曼珠沙華」と「ヒガンバナ」だけ。しかし,最近では素直にヒガンバナの美しさを認め,季節を伝える花としてマスコミにも頻繁に登場するようになってきている。お店には様々な園芸品種も出回り,趣味や園芸の対象として普及,自宅に植えて楽しむ人も増えてきた。
 地面から急に花茎が伸び出し,花が咲くまで全く目立たず,花だけが印象深く,葉の記憶はほとんどない。何とも不思議な花。「ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)」という別名,「花期には葉がなく,葉期には花がない」ところからのネーミングも面白い。お隣の韓国には「想思華(サンシチョ)」という素敵な名前が。「想い思う花」すなわち「花は葉を想い,葉は花を思う」との意味か。
 
  • ヒガンバナ(彼岸花)
     被子植物 単子葉類 ユリ目 ヒガンバナ科 ヒガンバナ属 ヒガンバナ種
     学名:Lycoris radiata
        Lycoris:ギリシャ神話の海の女神「リコリス」から
        radiata:放射状の意味,花が花茎の頂に放射状に咲いているから

     冬に葉を茂らせ,春には葉を枯らし,夏は休眠,普通の植物とは反対の周期。ヒガンバナ科の植物は世界に86属,1000種余りがあるそうだが,中には数十年も芽を出さずに休眠状態のまま地中で過ごし,山火事があった後だけ花を咲かせ,葉を茂らせ,また休眠するという種類もあるという。ヒガンバナ科には変り者が多いとのこと,興味深まる。
     
  • ヒガンバナ属
     ヒガンバナ(赤),シロバナヒガンバナ(白),ショウキズイセン(黄),キツネノカミソリ(橙),ナツズイセン(桃),コヒガンバナ(赤)など多数。このほか,最近では色とりどりの様々な園芸種が。

    ヒガンバナ キツネノカミソリ
    ヒガンバナ キツネノカミソリ
    ナツズイセン ショウキズイセン
    ナツズイセン ショウキズイセン

     ヒガンバナ属の特徴は,葉と花が季節を異にして別々に出ること。このことが異様に感じられ,不思議というか神秘的な魅力にも。

  • ヒガンバナの一年
     花期,葉期,休眠期
     花期:
    9月初旬から10月中旬まで。花茎(かけい,花をつける茎)が伸び始めて1週間で開花,花の寿命も1週間ほど。
     
     葉期:
    花期が終わると,翌春4月まで葉を茂らせ,光合成により養分を鱗茎(りんけい,地下茎)に蓄える。
     
     休眠期:
    5月頃には葉は枯れて,暑い夏の間は地上には葉も茎もなく,地中の鱗茎だけの状態。5月中旬には鱗茎の中にツボミができるが,夏の高温がツボミの成長を抑えている。
     
  • 葉と花
     葉は1個の鱗茎から3~8枚,長さは30~60cm,幅は5~6mm。深緑色で光沢感あり,厚くて柔らかい。花が終わるとすぐに葉が出始め,翌春5月には枯れてしまう。
     花は9月から10月初め,30~70cmの花茎の先に,6~14cmの赤紅色の花が5~8個,放射状に開く。花弁は5~6枚,波状に反り返り,5cmほど,6本のおしべと1本のめしべ。しかし,結実しない三倍体のヒガンバナにとって花は何の為?

    ヒガンバナの葉,マウスオンは花 ショウキズイセンの葉と種 撮影は共に1月
    ヒガンバナの葉 ショウキズイセンの葉

  • コヒガンバナ
     日本のほとんどのヒガンバナは開花はするが,種子ができない。三倍体(染色体数が基本の11個の3倍の33個)という構造のため,正常な減数分裂が行なえないからである。それゆえ,鱗茎(リンケイ,地下茎の一種で,養分を蓄えて大きくなったもの)で増えるため,遺伝子は変化しないはず。ところが,シロバナヒガンバナはヒガンバナとショウキズイセンの雑種とのこと。そこで,種子ができる2倍体(染色体数22個)の「コヒガンバナ(小彼岸花)」の存在に興味を抱くことに。
     コヒガンバナは普通のヒガンバナより小さく,開花時期がひと月ほど早いのが特徴。数年にわたって県内の野山を探し回ったのだが発見できず。各地から鱗茎や種子を提供していただき,栽培を試みることに。
     栽培して分かったことは,三倍体のヒガンバナに比べて鱗茎も小さく,分球も少ない。コヒガンバナは繁殖力が弱いので,優勢な三倍体に淘汰されつつあるのでは(?)また,種子から発芽した花は,大きさが普通のヒガンバナ並の花も,個体によって開花時期に大きなずれも,遺伝子が変化したのか(?)

  • 有毒植物
     ヒガンバナの鱗茎には,リコリン(Lycorine)などのアルカロイド(alkaloid,窒素を含む塩基性有機化合物)を含み,有毒。しかし,デンプンが多く,すりつぶし,水で充分にさらして毒抜きすれば食用にも。昔は,飢饉(ききん)に備えて田んぼのあぜ道に植えたとのこと,救荒植物。明治から昭和初期,このデンプンを製造する会社もあったとのこと。初めて水でさらして食べた人って,勇気あるというか,まさに命がけ。有毒物を食用にという発想もスゴイ。食用の他,漢方薬や民間療法(すりおろして,炎症・はれ物に効果,防虫効果も)にも。有毒性や悪臭を利用して,モグラやネズミなどから田んぼのあぜ道を守る目的で植えたとも,あぜ道にヒガンバナが多い理由。墓場に多いのは,異臭や有毒性を利用して遺体を動物から守る目的からとも。(モグラに荒されたヒガンバナもあり,モグラよけの効果は?)更には,雑草の生育を妨げる効果もあるとのことだが,これも疑問。

  • 畔(あぜ)や土手の崩落防止
     鱗茎は密集し,しかも土が流れたり,鱗茎が増殖したりして地中から露出すると牽引根(けんいんこん,収縮根とも)が縮んで鱗茎を地中に引っ張り込み,土止め効果があり,田んぼの畔や川の土手などの崩落防止に植えられたとも。

  • 渡来時期
     いつの頃かは分らないが,中国大陸からの帰化植物であることは間違いないようだ。食用または薬用として持ち込まれたのか,飢饉時の救荒植物として渡来したのか。それとも,詰め草(クローバー)と同様に輸入物の梱包材料として伝わったのか。
     鱗茎の分裂増殖での移動説。海流説もあるが,鱗茎は塩に弱いという説も。人里植物という点を考えれば,鱗茎増殖説と海流説は消えるか。
     万葉集の「壱師(いちし)の花」以外に,鎌倉時代以前の古典文学に登場しない点に注目したい。壱師の花が彼岸花という説にも疑問は多い。ヒガンバナが詩歌に登場してくるのは江戸時代,それを考えれば,渡来したのは室町時代,一般に普及したのは江戸時代と考えるのが妥当か。

  • 開花条件
     開花条件には地温の影響が大きい,日平均気温20~25度が目安とも。いや,絶対的な温度に反応するのではなく,夏から秋への相対的な気温の変化を感じて開花するのでは。夏期の高温は,初期のうちは開花を早め,後になってからの高温は開花を遅らせる。開花を早めるには初夏に高温下で管理し,その後開花適温(20~25度)にする。開花を遅らせるには,鱗茎を30~35度の高温または,1~6度の低温状態にしておき,開花させたい時に適温(20~25度)下へ移せばよい。温度管理さえ行えば春先や冬に開花させることも可能。ただ,ツボミは5月中旬にできるため,遅らせると言っても12月あたりが限界とも,12月になると待ちきれずツボミが出てきたり,長く高温下に置くと,ツボミは鱗茎の中で枯れてしまうとも。

  • 花言葉
     別名に不吉な名前が多いので,「花言葉も?」かと思ったが,「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」「けして忘れません」「また会う日を楽しみに」など,資料によって様々,統一されてはいない。意外にもロマンチックな言葉。花言葉って,どのようにして決めているのか?民話や伝説等,昔からの伝承をまとめたもの?それとも著者や編者の好みによる創作? 新たな疑問も。

  • 植え替え時期
     葉が枯れた直後から開花するまでの間と花が終わった後。葉期中であっても,根元を深く掘って植え替えれば問題なし。植え付けは鱗茎の高さの3倍ほどの深さ。

  • 繁殖力旺盛
     乾燥にも強く,鱗茎を地上に放置しても,牽引根の作用で適当な深さの地中に沈下し定着。例え土中深く埋没しても,鱗茎の上に新たな鱗茎を作り,下部の鱗茎は消滅しながら,適当な深さに定着するとのこと。鱗茎が切断されても,基底部さえ残っておれば,再生するという。

  • モッコス植物
     冬に葉を茂らせ,春には葉を枯らすという,普通の植物とは逆のリズムで生きる。モッコスとは熊本弁で,頑固な偏屈もののこと。鱗茎を縦割に基底部を付けて切断し,消毒を完全にすれば,1個の鱗茎から十数個の苗を得ることも可能とのこと。
     


参考図書: 栗田子郎著「ヒガンバナの博物誌」研成社発行
牧野富太郎著「植物の知識」講談社発行
松江幸雄著「日本のひがんばな」文化出版局発行
「野の植物誌」山と渓谷社発行
「花の七十二候」誠文堂新光社発行
田中修著「花のふしぎ100」ソフトバンククリエイティブ発行
 
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